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A.ランゲ&ゾーネ ミニッツリピーター・パーペチュアルの所感と比較

一部の人々、いや、このオフィスのなかにさえ、グランドコンプリケーションの黄金時代はもう終わったと言う者がいる。たしかに、いまや普通の時計好きが求めるのは、難しい説明を抜きに自分が“金も、知性も、センスも、そしてもちろんコネもある人間”であることをひと目で伝えてくれる時計である。スティール製のロレックス、ノーチラス、アクアノート、そしてランゲの世界で言えばオデュッセウスこそが、いわゆる“超高需要”モデルと呼ばれる存在だ。それに比べて複雑機構を備えた時計は…そうでもない。

超ハンサムな時計だ。

この流れには、私自身がその一部であったこともありよく理解している。カジュアルな時計は単純に身につけていて楽しいし、所有する喜びも大きい。あと財布にもやさしい。とはいえ、ときおり偉大なブランドがグランドコンプリケーションの世界に足を踏み入れ、周囲の喧騒を切り裂くような1本を生み出すことがある。これが実に難しい。というのもストラップ付きの複雑時計は今や少し時代遅れに見られがちで、さらに言えばここ5年ほどで時計の世界に足を踏み入れた“新世代”の多くは、そもそも複雑機構の魅力やその奥深さに触れたことがない。だからこそ永久カレンダーのような大作が、どれだけの手間と技術を要するかを知ろうとする人も少ない。まさにその理由から、我々HODINKEEは先週公開したAPの新作パーペチュアルカレンダーに関するこのような動画を作っているのである。

本日ジュネーブにて、私が深く敬意を抱く、数少ない大規模な時計メーカーのひとつであるA.ランゲ&ゾーネが、実に夢のようなふたつのコンプリケーションを組み合わせたグランドコンプリケーションウォッチを発表した。永久カレンダーとミニッツリピーター、このふたつが組み合わさると聞いた瞬間、私は2013年のことを思い出した(あの年、ランゲは1815 ラトラパント・パーペチュアルカレンダーを発表した)。当時私が書いたように、そして今日も改めて書くが、今回の新作ランゲはただただ驚くべきものであり、そのライバルはひとつしかない。そしてそのライバルとは言うまでもなくパテック フィリップだ。実際、このラトラパント・パーペチュアルカレンダーと同様、ミニッツリピーターを備えたパーペチュアルカレンダーという組み合わせは、これまで誰しも、もしそんなものが頭に浮かぶとすればパテック フィリップのものだと思っていた。今日までは。

このダイヤルはブラックエナメル製であり、しかも4つのパーツから構成されている!

今回発表されたA.ランゲ&ゾーネ ミニッツリピーター・パーペチュアル(これが正式名称であり、1815やリヒャルト・ランゲ ファミリーには属さない)は直径40.5mm、厚さ12.1mmの手巻き式で、ミニッツリピーター付き永久カレンダー、アウトサイズデイトと4ピース構造のブラックエナメルダイヤルを備える。製作されるのはわずか50本のみ。ケース素材はプラチナだ。なおランゲにとって初のミニッツリピーターではない。ツァイトヴェルク、リヒャルト・ランゲ(私のお気に入り)、そしてグランド・コンプリケーションがこれに先立つ。ただしこれら3モデルのなかで、今回の新作は2022年に登場したリヒャルト・ランゲ・リピーターと基本設計を共通にしている。しかしランゲは、単にその上に永久カレンダーを載せただけではないことを強調しているし、実際そのとおりだ。この新作は厚みがわずか3mm増し、直径も1mmに満たないサイズアップに留めながらも、完全なる永久メカニズムとアウトサイズデイトを搭載しているのだ。

スイスっぽい見た目を想像しただろうか? そんなはずはない。だって、これはランゲだから!

搭載されるCal.L122.2は640点もの部品で構成され、そのすべてが最高水準の手仕上げによって完成されている。このムーブメントはふたつのコンプリケーションを見事に融合させることで、まったく新しい領域に到達している。厚さ12.1mmでこれを成し遂げたのだから実に見事だ。しかしここからが本題だ。この時計が市場で唯一比較に値する存在、パテック フィリップのRef.5374Gとどのように競り合うかを深掘りしていこう。

パテックの5374Gは、ホワイトゴールドケースにブルーエナメルのダイヤルだ。一方でランゲはプラチナケースにブラックエナメルのダイヤル。

5374Gは、パテックの誇るリピーター・パーペチュアルファミリーの名作、5074や3974の系譜を受け継ぐモデルであり、厚さはわずか12.2mm、自動巻きムーブメントを搭載する。では自動巻きと手巻き、どちらの永久カレンダー付きミニッツリピーターが好みだろうか? 着用感という点では自動巻きが優れているといえるが、仕上がりの精緻さでいえばやはり手巻きに軍配が上がるだろう。さらに手巻きであれば、手仕上げによる美しい細部をより存分に鑑賞できるという利点もある。

パテックの5374Gに搭載されるCal.R 27 Qは、今回のランゲ新作に搭載されたCal.L122.2と外観が劇的に異なる。

とはいえ、リピーターキャリバーにはやはり伝統的なスイススタイルの仕上げがしっくりくるのが正直なところで、見た目だけで言えば個人的にはパテックのムーブメントにより引かれてしまう。ただランゲには、技術的な面で明確な優位性があるのもまた事実だ。以下にそのハイライトを挙げておこう。

“クラシックなミニッツリピーターの操作性と機能性を最適化するため、ランゲはこのストライキングメカニズムにさらに巧妙な工夫を加えている。そのひとつがポーズエリミネーション機構だ。これは、時打ちと分打ちのあいだに、四分刻みの音を鳴らす必要がない場合、すなわち毎時14分までのあいだ四分打ちが不要な場合に、打鐘間の無駄な間を省く。またチャイミングメカニズムを損傷から守るため、リピーター作動中にリューズを引き出せないよう安全装置が備わっており、逆にリューズが引き出されている時にはリピーターが作動しない仕組みになっている。さらに特許を取得したハンマーブロッカーにより、ゴングを打ったあとにハンマーがほんのわずかなあいだ、ホームポジションに留まる。これによりハンマーがバウンドして誤ってもう一度ゴングを打ってしまうことを防いでいる”。そしてもうひとつ、一般的なミニッツリピーターにありがちな“ガバナー音”(チッチッチというかすかな駆動音)が、ランゲではほとんど聞こえない。

仕上げは完全に手作業で行われており、ハンマーはブラックポリッシュの仕上げがされている。

搭載されるガバナーは完全に無音である。

テンプ受けには、手作業によるエングレービングが施されている。
キャリバーは、同僚のマーク(・カウズラリッチ)が撮影したこの美しい写真で確認できるとおり、未処理のジャーマンシルバーを主素材としており、まさに職人技と呼ぶにふさわしい仕上げが施されている。ハンマーはブラックポリッシュ仕上げが施され、目を見張る美しさだ。テンプ受けには真の意味でのフリーハンド(手作業)によるエングレービングが刻まれている。先ほども述べたとおり、これは間違いなく美しいムーブメントである。しかしパテックのリピーターメカニズムに見られる、あの流れるような優雅な曲線美と比べると、ややロマンチックさには欠けるかもしれない。もっとも、これはあくまで主観に過ぎず、ランゲが持つ技術的な優位性を否定するものではない。

アウトサイズデイトは、時計に瞬時に奥行きを与える要素であり、この複雑さを考えればこの時計がいかに薄く仕上げられているかには感嘆せざるを得ない。

次にダイヤルに目を向けよう。本作はブラックエナメル製のダイヤルにアウトサイズデイトを備えている。永久カレンダーの主な役割は何と言っても日付を正確に示すことだが、その点においてランゲのグランドデイトに敵うものはない。私は、11年前に登場した“ハンドヴェルクスクンスト”以来、ランゲがフラッグシップモデルにブラックエナメルを採用することに対して筋金入りのファンであり続けている。当時ランゲは、ブラックエナメルの製作がいかに難しいかを語っていたが、その後も技術は着実に進化してきた。というのも現在では、このダイヤルはランゲの自社で完全に製作され、4つの独立したエナメルパーツから構成されているのだ。その豊かで艶やかかつ純粋な美しさは、まさに息を呑むほどである。

パーペチュアルカレンダーの調整は、リューズではなく専用のプッシャーひとつで進めることができる。

ムーンフェイズの月はゴールド製で、その周囲に配置された100個の星はすべて手彫りによるものだ。

このダイヤルにおける2大ハイライトは、言わずと知れたアイコニックなアウトサイズデイト、そしてただただ美しいムーンフェイズである。ふたつの月はソリッドゴールド製で、夜空には100個の手彫りの星がきらめく。多面的なブラックエナメルの奥行きのある表情はここでもやはり圧倒的だ。もちろん、これは永久カレンダーであり、APの新キャリバーのようにリューズ操作で調整することはできないが、専用のアジャスターひとつですべてのカレンダー表示が操作可能で、手巻き式パーペチュアルとしては最高レベルの使い勝手を誇る。

シャツのカフの下にさりげなく隠されたリピータースライドほどシックなものはない、と私は思っている。

そして何よりも大切なのはその音色だ。まず、ケース素材にプラチナを選んだ点は興味深い。というのも昔ながらの時計ツウたちは、リピーターにはWGが“最適”だと語りたがるが、実際のところそれが確かめられた話を私は聞いたことがない。それでもこの時計の音は実に澄んでいて、クリスプ(キレのある音)であり、そして何よりリズムが完璧に整っている。ほかのリピーターと比べてもそのタイミングのよさは群を抜いていると言っていいだろう(私は本気で思っている)。このほとんど無音のガバナーと巧妙な四分打ちの“スキップ”機構こそが、市場で最高峰のリピーターを生み出している理由だ、と。

これほどの複雑さを持つ時計でありながら、40mmというサイズは驚きに値する。

では、実際のつけ心地はどうか? これほど複雑な時計としては信じられないほど良好だ。ケースサイズはわずか40mm×12mmである。基本的に一世代前のロレックス サブマリーナーと同等のサイズでありながら、素材はプラチナ、さらに永久カレンダーとミニッツリピーターまで備えているのである。そしてこれこそ、本作がパテックの5374Gを明確に凌駕する部分だ。パテック5374Gは42mm径で、個人的にはその“クラシックさ”を考えるとやや場違いに大きく感じてきた。一方でランゲはキャリバー自体が完全新設計で、このケース専用に開発されている。それに対してパテックの自動巻きリピーターメカニズムは、その美しさや伝統的な作りは評価すべきものの設計は古く、あえていえばカテドラルゴングを備えつつもケースサイズに対して少し小さく感じる部分がある。さらに加えれば、パテックは自社ウェブサイトで明言している。5374のケースは“防湿・防塵仕様のみ(防水性能はなし)”だと。それに対してランゲは? 公式には20m防水だ! ただし、実際には30m程度までは耐えられると言われている。ただランゲとしてはあくまで慎重を期してこのスペックにしているのであって、決してこの時計を水に持ち込むことは推奨していない。しかしランゲらしいと言うべきか、彼らはこの時計にパッキンをしっかり組み込んで、日常的に使えるものに仕上げてきた。音をケースの外に響かせることが命ともいえるリピーターに、防水性を持たせるなんて普通は考えにくい。しかしそこはランゲだ。彼らは音量、音程、音質、そして実用性のすべてを両立させる“完璧なバランス”を見つけたと信じているのだ。ランゲによれば、密閉されていないリピーターは特にマイアミ、香港、シンガポールといった高湿度な地域では、実に気まぐれで安定しない。率直に言って、これらはリピーターの保有率がやたらと高い地域でもある。このあたりが、私がランゲを好きな理由のひとつだ。そして何よりおもしろいのは、昨年話題となったアクアノートのミニッツリピーターですら防塵仕様にとどまり、防水ではなかったという事実だ。もし誰かが“ランゲが、アクアノートより防水性の高いドレスウォッチをつくるぞ”なんて言ってきたら、私は間違いなく冗談だと思ったに違いない。