時計の世界には、そのデザインがまるで「ファンタジーの世界」から飛び出してきたかのような作品が存在する。そこでは、時間は単なる計測対象ではなく、詩や物語として語られる。
今回は、そんな夢幻的な外観と、それに裏打ちされる頂点のメカニズム——「ハイジュエリー」と「ハイエンドウォッチメイキング」が融合した、芸術価値と収集価値を兼ね備えた3つの時計を厳選してご紹介しよう。
1. ヴァン クリーフ&アーリペ (Van Cleef & Arpels) ・ Lady Féerie
「2つのエナメル技法が織りなす、空飛ぶ仙子の物語。」
「Poetry of Time(時間の詩篇)」を体現する同社の代表作の一つが、このLady Féerieである。象徴的な妖精(フェアリー)が雲の上に座り、手にした魔法の杖を振る舞いながら時間を指示する。その姿はまさに夢そのものだ。
素材には18Kホワイトゴールドを採用し、ベゼル、リューズ、ラグには最高級品質のダイヤモンド(D〜Fカラー、IF〜VVSグレード)が惜しみなく留められている。
文字盤は、細密なギヨーシェ装飾を施した真珠母貝で夜空を表現。妖精のドレスにはサファイアとダイヤモンドが鑲されており、妖精の顔は1点の美鑽で綴られている。
注目すべきはその羽根だ。これはプリカ・エ・ジュール(Plique-à-jour)と呼ばれる透かし彫りエナメル技法で作られており、光を透過することで妖精の可憐さを際立たせる。さらに、妖精の奥にある雲の陰影を表現するために、グリザイユ(Grisaille)と呼ばれる白と黒のエナメルを重ね焼きするという、極めて難度の高い技法が用いられている。
この2つのエナメル技法を一つのモチーフに併用したのは、同社の歴史においても初の試みである。
メカニズムは、ヴァルフルリエ社(Valfleurier)が特別に開発した自動巻きムーブメントに、独自の「跳時機構」と「逆跳分針機構」を組み合わせたもの。妖精の杖が60分を示した後、一瞬でゼロに戻る瞬間——その機械的な「仕掛け」と芸術的な「見た目」の融合が、2021年のGPHG(ジュネーヴ高級時計大賞)で高い評価を得た所以だろう。
2. ブレゲ (Breguet) ・ ナポレオン王妃 (Reine de Naples) 9935
「250年の歴史が結晶した、新定義の月相。」
2025年、ブレゲは創立250周年を迎えるにあたり、同社を象徴する「ナポレオン王妃」シリーズの新作を発表した。今回ご紹介するのは、その中でも初のブレゲゴールド(Breguet Gold)で製作された一振り。
ケースサイズは36.5mm。その形状は同シリーズを象徴する「鶴卵形(ラウンドオーバル)」を踏襲している。
文字盤はまさに「革新」そのものだ。表層にはサンゴリアンガラスを、下層にはタヒチ産の真珠母貝を重ね、二層構造によって虹色の輝きを宿らせる。
そして何より目を引くのが、12時位置に配置された新デザインのムーンフェイズ。従来の動力貯蔵表示を廃止することで、月と空のスペースを大きく確保。白真珠母貝で作られた「月」と、青いサンゴリアンガラスの「空」が、幻想的な夜空を演出している。
時分針ダイヤルには、6つの梨形カットダイヤモンドと、金のローマ数字が交互に配置されるという、新たなデザイン言語が採用されている。
裏蓋から見えるムーブメントは、Cal.537L2。これは同社が新たに開発した自動巻きムーブメントで、シリコン製の遊丝を備え、パワーリザーブは45時間。ブレゲゴールド製のローターが、文字盤側からもその存在を感じさせる、内外共に頂点の仕上げだ。
3. ジャガールクルト (Jaeger LeCoultre) ・ ラ・デート(The Reverso)流星
「一瞬の流星を、永久に留めるメカニズム。」
2025年の新作であるこの時計は、一瞬にして消えてしまう「流れ星」を、文字盤の中に閉じ込めた。
ケースは36mmの18Kローズゴールド。しかし、この時計の真骨頂は文字盤を構成する3枚のディスクと、その奥にある複雑な機構にある。
最上層は透明なサファイアクリスタルで、その表面には牡丹の花が手描きされる。その下の層には真珠母貝をベースにした夜空が広がり、さらにその奥には銀色の金属ディスクが控えている。
通常時は、流星の軌跡は見えない。しかし、クラウンを引いて「メテオコンプリケーション(流星機構)」を起動すると——
12時位置にレーザーカットされた流星のモチーフが、下層の銀色ディスクを現し、あたかも夜空を流れ星が駆け抜けるかのような演出が実現する。この魔法のような視覚効果を生み出すのは、Cal.734自動巻きムーブメントだ。
その動力は70時間。華奢な見た目とは裏腹に、中身は確かな剛性を備えた機械式時計なのである。
総括
空気を読むかのように優雅に舞う妖精、ブレゲゴールドが放つ幻想的な月、そしてローズゴールドのケースに閉じ込められた流れ星。
これら3つの時計は、いずれも「時間を計る道具」という枠組みを完全に超えている。それらは腕元に纏う「ミニチュアアート」であり、機械式時計が紡ぎ出す「夢」そのものといえるだろう。